恋人ハーディンの許せない仕打ちに家を飛び出したテッサ。ひとりで過ごす誕生日に、親友ランドンが思いがけないことを告げた。「ハーディンが君のことを相談しに来た。彼はまだ君を愛してる」揺れるテッサの心。そんな時、クリスマス休暇を彼と彼の母親と過ごすことになり……。『AFTER seasonⅡ 壊れる絆』連載第38回。
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わたしたち変だわ……お互いにハーディンにキスされると思うなんて、わたし、いったいどうしたっていうの?
ふたりとも言うべき言葉が見つからず、押し黙ったまま料理をしたけど、わたしの目はずっと彼を追っていた。
長くしなやかな指が包丁を握り、チキンや野菜を切る様子。沸いたお湯からたちのぼる湯気に思わず目を閉じる様子。ソースを味見して、口の端を舌でなめる様子。
こんなふうにハーディンを眺めるなんて不健全だし、わたしの判断力はまだ鈍っている。それはわかってるけど、やっぱり止められなかった。
「テーブルの準備をしておくから、お母さんのところへ行って、用意できたって言ってきて」ようやく料理が終わり、わたしは声をかけた。
「はあ?ここから呼べばいいだろ?」
「だめ、そんなの失礼よ。とにかく、お母さんのところへ行って」
ハーディンはやれやれといった顔をしつつも、わたしの言うとおりにした。でも、数秒後にひとりで戻ってきた。「母さん、寝てる」
ちゃんと聞こえたものの、聞き返す。「ほんとに?寝てる?」
「ああ、ソファで倒れてる。起こしたほうがいいかな?」
「ううん……長い一日で疲れたのね。あとで食べられるよう、料理を取り分けておくわ。どっちにしても、もう遅いから」
「まだ八時だ」
「うん……遅いわよ」
「そうだな」ハーディンはぼそりと言った。
「どうしたっていうの?居心地悪くてどうしようもないのはわかるけど、あなた、すっごく変よ」無意識のうちに、二枚のお皿に料理を取り分けながら問いただす。
「ありがと」彼は一枚受け取ってからテーブルについた。
わたしは立ったままカウンターで食べようと、引き出しからフォークを一本取り出した。「話してくれないの?」
「話すって何を?」ハーディンはフォークでチキンを突き刺してかぶりついた。
「なんで、そんなに……無口で……感じの悪いことをしないでいる理由を。とにかく、すごく変」
彼は時間をかけて噛んでから飲みこむと、ようやく口を開いた。「とにかく、間違ったことを言いたくないんだ」
「そう」としか返事のしようがない。そんな答えがかえってくるとは思ってもみなかった。
つぎの瞬間、ハーディンが反撃してきた。
「で、きみがそんなに感じよく接してくれるのはどうしてなんだ?すっげー変だよ」
「だって、お母さんがここにいるし、起こってしまったことはもう変えられないし─変えようと思っても、できることはないもの。あの怒りをいつまでも持ち続けられるわけじゃないし」
わたしはカウンターにひじをついて寄りかかった。
「で、それってどういうことなんだ?」
「どういう意味でもないわ。失礼なことを言いたくないし、もうけんかもしたくないってだけ。これで、ふたりの関係が変わるってわけじゃないし」
わたしは涙をこらえようと唇を噛んだ。
何か言うかわりに、ハーディンは立ち上がってお皿をシンクに放りこんだ。大きな音とともに磁器のお皿がまっぷたつに割れ、わたしは飛び上がった。彼はひるむこともなく、こちらを振り返りもせずに寝室へと出ていく。
わたしはリビングのほうをそっと見た。ハーディンの衝動的な行動でお母さんが起きたりしていないだろうか。さいわい、彼女はまだ眠っていた。口をすこし開けているところまで、息子とよく似ている。
例によって、ハーディンが散らかしたり壊したりしたものを片づけるのは、残されたわたしの役目。食洗機に食器を入れ、食べ残しを処理してからカウンターを拭く。
体より気持ち的に疲れていたけど、シャワーを浴びて眠らなければ。とはいえ、いったい眠れるだろうか?ハーディンは寝室にいるし、ソファではトリッシュが寝ている。車でモーテルに戻ったほうがいいのかもしれない。リビングのエアコンの温度をすこしあげて、明かりを消した。
彼が泣いてる……?まさか、そんなはずないパジャマを取りに寝室へ入ると、ハーディンがベッドの端に座っていた。体育座りをして、両手で頭を抱えている。顔を上げる様子がないので、ショートパンツとTシャツ、パンティをバッグから取り出して寝室を出る。戸口にさしかかったところで、押し殺したような泣き声が聞こえた。
ハーディンが泣いてる?
まさか、そんなはずない。
万が一そうだったら、このまま寝室を出ていくわけにはいかない。わたしはそっとベッドのほうに戻り、彼の前に立った。
「ハーディン?」
小声で呼びかけて、彼の顔から両手をはがそうとした。抵抗されたけど、わたしはさらに力を込めた。
「こっちを見て」
実際ハーディンがそうすると、わたしは息がとまるほど驚いた。目は真っ赤に充血し、ほほは涙でぐっしょり濡れている。両手を握ろうとしたけど、振り払われた。「とにかく出ていけよ、テッサ」
彼がそう言うのを何度も何度も聞いてきた。「いやよ」わたしは、脚のあいだにひざまずいた。
ハーディンは両手の甲で目を拭う。「こんなの、間違ってた。朝になったら、母さんに話す」
「そんなことしなくていい」彼が涙を流すのを見たことはあるけど、こんなふうに体を震わせながらほほを涙で濡らすほど激しく泣いているのは初めてだ。
「いや、話す。これほど近くにきみがいるのにすごく遠くに感じるなんて、拷問そのものだ。こんな形で罰を与えられるなんて最悪だ。もちろん、そうされてもしかたないことを自分がしたのはわかってる。だけど、こんなのひどすぎる。おれだって耐えられない」
ハーディンはすすり泣き、思い詰めたように深く息をついた。
「きみがここに泊まってもいいと言ったから……もしかしたら……以前のようにおれのことを気にかけてくれてるのかと思った。
でも、わかったよ、テス。おれを見るまなざしで、よくわかった。おれがきみに与えてしまった痛み。おれのせいできみは変わってしまった。おれの自業自得だってこともよくわかってる。でも、指のあいだからきみがすり抜けていくのがやっぱりつらいんだ」
涙がぽろぽろと黒いTシャツにこぼれる。
その涙を止めるために、何か─なんでもいいから─言ってあげたい。彼の心の痛みを消し去るために。
次回、ハーディンの涙の真意は?テッサは彼をふたたび愛することができるのか……?
引用URL:http://woman.excite.co.jp/article/love/rid_Menjoy_277833/
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